2008年2月26日火曜日

科学における芸術性


 “Artistry in Science”というのが私の研究者としてのモットーというか、哲学の一つである。といっても、この概念はまだ私の中でも煮詰まりきれていない部分があることを、まずご承知おきいただきたい。

 先日テレビ番組の「情熱大陸」で、直木賞作家・桜庭一樹さんが登場していた。番組中の彼女の言葉でビビッと来たのが「創作に入り、食事ものどを通らない」という言葉だ。

 芸術と科学は立ち居地が反対である。芸術家は自らの内面にあるものをどれだけ高め、どのように表現するかに精力を注ぐ。ボトムにいるのは芸術家自身で、彼の上にはどこまであるか見当もつかない、はるかな高い空が広がっている。一方、科学者が対象にするものは自然であり、自然という「答え」、つまり「天井」がある。科学者はその天井に向かって、無数に垂れ下がった、もつれて方向もわからなくなった糸を手繰って昇っていくイメージである。あくまで私個人のイメージ。

 しかしながら、科学者が「発想」し、それをデータという形に具現化する過程は、まるで画家が得た着想をキャンパスに描く様子さながらだ。科学者はまず、何が重要な「問い」であるかを考えて設定し、その問いを「どのように」解くかに傾注する。科学における芸術性は、まさにこの部分で発揮されるというのが、現時点における私の “Artistry in Science” の概念である。独創的な研究は、概して「問い」そのものが独創的であり、解法もまた独創的である、と思う。それは既存の概念や枠を凌駕し、「発想」のレベルまで昇華させた上で全く新しい枠を作り出しているからだ。この部分こそ私の考える”Artistry”である。その意味では、科学でも芸術でもビジネスでも、人間活動として捉えれば共通するものである。

 一方で、問いに対する解法、研究の方向性がある程度決まってしまっている部分があることも事実である。テンプレート、つまり既存の「枠」内での研究だ。既存のフレームワークに則って思考し、既存の実験系に乗ってデータを取れば、一応曲がりなりにも「研究した」と言えてしまう現実がある。このようなアプローチを取っている間は、ビジネス書などでよく触れられる「フレームワーク思考」「MECE」「ピラミッドストラクチャー」などの論理的思考法が相当有効である。

 が、このような枠内での研究は、上記の私のモットーに反する。私がかの小説家の言葉にフラグを立てたのは、その「芸術家たる側面」を強烈に感じたからであり、同時に「食事ものどを通らない」ほどの「創作的」な時間を費やしていない現在の自分に改めて気が付き、慄然としたからだ。

 「徹底的に考える」ことの重要性を以前のブログでも述べた。研究者としてこれからどのような方向性に行くのか、現在激しく自問する日々が続いているが、自分が今感じている壁の実態はここにあるのかもしれない。

 ではどうやってその壁を越えるか?「考えをフル回転できない」原因は、一つには勉強不足。すべての情報をカバーしきれていないため、方向が定まらずうろうろしている感じ。もう一つは取っ掛かりでもいいから、実際に手を動かしてタネになりそうなテーマについて実験してみる。妄想していることと、実際に目の前にあることでは、思考することに対する身の入り方が違うだろう。

 思考すること、発想すること。この大きな壁、もしくは深い谷を強く意識して、最近思いを廻らせている。


2008年2月23日土曜日

ナゾの酵素、ついに発見か!?

 メシを食べなければお腹は空くし、食べたら食べたでお腹いっぱい。当たり前のことのように思えるが、われわれの体はこの空腹感・満腹感を感じるために実に巧妙な仕掛けを構築している。この仕掛けが壊れて、いくら食べても空腹感を覚えないという病気もある。

 このメカニズムの根幹を成すのは、例えば摂食に伴って分泌されるインスリンやレプチンといったホルモンである。これらのホルモンは脳の視床下部に存在する摂食中枢に作用し、満腹感を覚えるような神経細胞を活性化させる。

 逆に空腹時に胃(胃粘膜のA-like cell)から分泌されるのが、グレリンというホルモンである。GHS受容体(growth hormone secretagogue receptor)というGタンパク結合型受容体(GPCR)に結合し、下垂体からの成長ホルモン分泌を促進して摂食亢進作用を示す。マウスなどの動物にこのホルモンを投与し続けると、餌をどんどん食べて最後には肥満になってしまう。

 このホルモンは現在久留米大学に在籍する児島将康教授らが発見し、1999年にNature誌に報告した。全長28アミノ酸からなり、胃に大量に存在するペプチドで、3番目のセリン残基がn-オクタン酸によって修飾されるという特異な構造を持つ。これは実に不思議な構造である。しかもこの修飾が受容体への結合、つまりグレリンの生理活性にかなり重要であることもわかっている。

 脂質修飾(acylation)といえば、教科書的にはイソプレン基を持つ脂質(C15のファルネシル基、C20のゲラニルゲラニル基)やミリスチン酸(C14、N末に結合で安定)・パルミチン酸(C16、システインに結合)になどの飽和脂肪酸、またコレステロールやGPIアンカーなど、大きな構造を持つ脂質が主である。これまでにグレリンのような「ペプチドと脂質が合体したような構造」を持つペプチドは報告がなく、どんな酵素がその反応を担っているのか、児島教授らをはじめとした研究者達が長年追っていたようだ。

 そして今年に入って、ついにその酵素が同定されたという論文がCell誌に報告された。この論文の著者らは、近年になって同定された膜結合型O-アシル化転移酵素(Membrane Bound O-Acyltransferases, MBOATs)のファミリーに着目した。このファミリーの発見は、もともと発生や癌に関与する超重要シグナル、Wntの長鎖脂肪酸修飾酵素として同定されたPorcupineの発見が引き金となっている。著者らはデータベース上からMBOATファミリーの構造的特長を持つタンパク質を解析してピックアップした。その結果得られた16個の候補分子の中から、実際にグレリンにn-オクタン酸を結合できる酵素を同定してGOAT(Ghrelin O-Acyltransferase)と命名した。

 このような手法は、近年ゲノムプロジェクトをはじめとした生物学的データベースが急速に充実して可能になった方法である。一昔前までは、大量の胃を集めてすりつぶして、そこから抽出したタンパク質を何本ものカラムで分画しながら活性を追っていくという、非常に「泥臭い」仕事が生化学の王道であった(もちろん、今でもそういう方法が有効なケースは沢山ある)。しかし今ではちょっと頭をひねるだけで、膨大な労力と時間を費やすことを余儀なくされるカラムワークを回避し、一足飛びに“モノ”にアプローチできる。iPS細胞で話題を集める、京都大学の山中教授も、ES細胞特異的に発現する遺伝子を同様にデータベースサーチでピックアップし、実際にそのうち4つの遺伝子を組み合わせて体細胞に発現させることで、万能性をもつiPS細胞を作製することに成功した。初めて話を聞いたときには、なんてエレガントで秀逸なアプローチなんだと、大きな感銘を受けた。

 話をグレリンに戻すが、なぜこのアシル化酵素が重要なのだろうか。生物学的に非常に特異な反応を行う酵素であるという、純学問的な理由も大きい。同時に、応用面を考えれば、この酵素の阻害剤を作ることでとても優秀な「食欲を抑える薬」ができると期待される。なぜなら、グレリンの生理活性にこの修飾がとても重要で、阻害剤でアシル化を起きないようにすると、いくら空腹時にグレリンが分泌されても脳にその信号が伝わらないからである。また、他にこういう修飾を受ける分子がない(少なくとも現時点では知られていない)ので、副作用の心配も少ない。食べすぎで困っている人たちには朗報になるかもしれない。あくまでも現時点では「かもしれない」であるが。

 今後ノックアウトマウスの作製などを通じて、本当に生体内でこの酵素が効いているのか検証する必要もあり、まだ糸口をつかんだ段階である。「不活性型」とされる非修飾型のグレリンのほうが量的にはかなり多いなど、疑問点も多い。しかし個人的には、この「ナゾ」の酵素をとてもエレガントな方法で同定した論文の著者らに、素直に賞賛を送りたい。


参考文献
ヴォート 生化学
Yang, J., et al. Cell 132: p387-, 2008
Kojima, M., et al. Nature 402: p656-, 1999
Hosoda, H., et al. BBRC 279: 909-, 2000
児島将康 私の発見体験記「本当かな、この構造は?」 実験医学 25: 3042-, 2007年12月号

●本文章中に掲載される内容には万全を期しておりますが、その内容及び情報の正確性、完全性、適時性について、著者本人は保証を行なっておらず、また、いかなる責任を持つものでもありません。転載に当たってはご自身で原著を確認されることをお勧めします。

2008年2月16日土曜日

Sirtuin

 最近注目を浴びている分子の一つにsirtuinというタンパク質がある。ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase: HDAC)と呼ばれる一群の分子の中で、細胞内酸化還元反応の補酵素であるNAD(nicotinamide adenine dinucleotide)を利用して脱アセチル化反応を行う(他のHDACsはZnを利用する)という特徴を持つ分子である。この酵素活性の本体は、ワシントン大学に在籍する(2007年時点)今井眞一郎博士らのグループが発見し、2000年にNature誌に発表した。シンプルかつエレガントな実験で、大変美しい論文であるという印象を受けた。この論文以降、関連する論文が急増し、現在では老化や最近話題のメタボリックシンドロームに関連する重要分子であることが明らかになりつつある。

 生物の設計図である遺伝子が書き込まれた、全長2メートルの極細分子であるDNAは、そのままでは直径数ミクロンしかない細胞核の中に納まりきれないため、極めて高度かつ精密に折りたたまれた構造で核内に存在している。これをクロマチン構造と呼んでいる。ところが折りたたんでしまうと、今度はDNAからRNAを合成する(転写と呼ぶ)ときにいろいろと不都合が出る。そこで必要なDNA領域だけ、折りたたんだ構造を「緩めて」あげて、そこから転写を行うといった、「クロマチン制御による転写調節機構」がきわめて重要であることが、最近急速にわかってきた。ヒストンはこのDNAを巻きつける「リール」のような分子で、端っこから飛び出た「シッポ」(本当にhistone tailと呼ばれている)に、ユビキチンやスモ(sumo)などの小タンパク質、あるいはリン酸基やメチル基やアセチル基などの小さい修飾基が結合したり外れたりすることで、DNAを緩めたり巻きつけたりすることが可能になっていると考えられている。HDACはこの「シッポ」についたアセチル基を外して、緩んだDNAを再び巻きつけるときに大事だと考えられている酵素である。

 ところが、sirtuinはヒストンだけではなく、転写するときに直接DNAに結合して機能する「転写因子」の脱アセチル化にも関与していることが明らかになってきた。例えば癌抑制遺伝子として有名なp53、脂肪細胞の分化に重要なPPARγ、老化や代謝調節の中心因子の一つFOXOなどである。これら転写因子の脱アセチル化反応により、様々な下流の遺伝子の発現を調節することで、sirtuinは多彩な生命現象に関与しているようだ。

 補酵素として働くNADも面白い。NADの合成はアミノ酸の一つであるトリプトファンとビタミンB3(ニコチンアミドとニコチン酸)である。この合成経路は膵β細胞(インスリンを分泌する細胞)や神経細胞にはなく、これらの細胞ではNADの供給を外部に頼っているため、今井博士らは、老化に伴って生じる耐糖能異常や痴呆などはこのNADの合成・供給系の老化に伴う破綻が主たる原因ではないか、という興味深い仮説を提唱している。

 もともとNADという分子は細胞内酸化還元反応の電子輸送担体のひとつとして知られており、またコレラ毒素やジフテリア毒素が三量体型Gタンパク質のGsαや翻訳複合体の一つEF2をADPリボシル化して不活化する際のADPリボース供与体でもある。古くから生化学的によく知られたNADという小さな分子がsirtuinというタンパク質を介して生体の寿命まで決めかねない、というなかなかに壮大な話は、まさにこれから佳境を迎えそうな気配である。



参考文献
ストライヤー 生化学(第四版)
新たなパラダイムによる老化とメタボリズム制御の理解.実験医学 vol25, 2007年8月号特集
今井眞一郎.哺乳類サーチュイン:NAD、代謝、老化を結ぶ普遍的制御因子.実験医学増刊 vol25「解明が進むメタボリックシンドローム」 p87(2317)-, 2007
Imai S., et al. Nature vol403 p795-, 2000

●本文章中に掲載される内容には万全を期しておりますが、その内容及び情報の正確性、完全性、適時性について、著者本人は保証を行なっておらず、また、いかなる責任を持つものでもありません。転載に当たっては原著をご確認されることをお勧めします。

一流から入る

 ついに「QuietComfort」の購入に踏み切った。BOSEが直販限定で発売している、ノイズキャンセリングヘッドホンの先駆けとなった製品である。すこぶる評判がいいので以前から購入を思案していたのだが、なにせ高価。すでに他社の類似品を使用していたこともあり、なかなか手を出せずにいた。しかし、新聞広告で見つけた「無金利分割払い」「30日間返品保障」の2つのキーワードが決定打となった。今使っているのと大して変わらないだろうとは思うけど、とりあえず取り寄せて、もしイマイチなら返品すればいいか。万が一(笑)、買う羽目になっても、月々数千円なら何とかなる。
 
 なにせラボの中は騒音だらけである。研究者達は駆けずり回ったり熱い議論を交わしたりすることに忙しいし、機械達はうなりを上げ、試薬やサンプルを揺すったり超高速で回したりバナナでくぎが打てるほどカチンコチンに冷やしたりするのに余念がない。送電設備の定期点検で停電になったときの、人も機械も動いていない部屋の中の静かなこと!これだけうるさいと、こちらの集中力や熟考を結構な勢いで妨げてくれる。安物とはいえ、これまで使っていたヘッドホンもそれなりの遮音効果があり、いざというときには頼もしい“耳栓”だったのだ。

 届いた製品を開封し、電池を少しだけ充電して、早速試してみた。装着してスイッチを入れた直後、私は決定を下した。「いままでのヘッドホン、もうイラネ」

 まず装着感からしてまるで違う。適度な重量感と安定性で頭に乗っかるボディ。ソフトかつ十分に密着性を保って耳を覆うイヤーパッド。スイッチを入れたとたんに広がる、圧倒的な静寂。名の通ったメーカーだけあって、音楽や語学を日常的に聴くのには十分な音質。やっぱりいいものは違う、と芯から脱帽した。そばにいる人たちに早速“耳栓”させてみた。皆同じ顔をする。目を見開き、口をO字型に開いて、思わずこう言ってしまうのだ。「おおおぉぉぉおおおー??!!すげー!!」

 私の座右の銘の一つ、「その道を知るには一流から入る」である。芸術でも科学でも何でもいいが、ボトムアップで動くと何処が一番先なのか見えてこない。多くは自分の立ち位置に満足するか見失うかして、自己研鑽と向上心を持続できない。逆に「どのくらいが一流か」を初めに知ってしまうと、一番先から自分の現在の立ち位置が俯瞰でき、目標設定や相対評価が可能になる。ボトムアップアプローチを取れる(というより取らざるを得ない)のは、その先っぽにいる「一流」の人たちだけだ。なぜなら、彼らには「自分より先」がないため、彼ら自身が自ら先を見据えて目指していくからだ。

大学時代にクラシックギターを習っていたころは、教室を運営している会社の社長さんが計らってくれて、世界でもトップクラスの演奏家達と何度も交流する機会を得たし、研究者になってからも10人以上のノーベル賞受賞者を始め、超一流と評価される科学者たちと出会う機会を多く求めてきた。同世代の一流どころと交流を深めることもできた。それがあるからこそ、自分はまだまだ遠く及ばないと、自分を引っ張り挙げようとしてもがくことができる。

 仕事以外でも、どんなことにもこのスタンスは有効である。最近父親が(どこからそんなお金が出たのか知らないが)車をレクサスに変えた。あるとき半日以上かかる距離を家族で動いたことがあったが、本当にびっくりしたのは、この車の「反則的な乗り心地のよさ」であった。また、昨年は1週間の長期休暇という大変稀有な機会に恵まれ、ドバイに旅行してリッツ・カールトンに宿泊する機会を得た。設備、スタッフの質の高さはもちろん、花びらを敷き詰めてデコレートされたロビーの噴水は毎日図柄が変わり、部屋に運ばれるフルーツには一つ一つタキシード姿が描かれたチョコが絡めてある。最高峰のサービスの一端を存分に堪能することができた。絵だって音楽だって、いいものを沢山見たり聞いたりする事で感性が磨かれ、目や耳が肥えてくるのだ。先っぽを知ると、自分なりのモノサシをもって評価や価値判断をすることが可能になる。このブログでも科学的な話題については、最先端の領域に触れていただきたいとの思いから、専門的な用語をあえて使用することにしている。

 一流は本質である。本質を究め、それを実践できているからこそ一流であることができる。金銭的負担を伴っても、やっぱり「一流」をよく知るべきだな、と、新しいヘッドホンでいろいろ試し聞きしながら改めて思った次第であった。

2008年2月10日日曜日

2つのロジックと,そのむこう

 先日、私が所属する研究機関に、二人の高名な研究者がセミナーにおいでになり、セミナー後の酒席にご一緒する機会を得た。お一人はシステムズバイオロジーのトップランナーとして知られ、私個人も以前から親交があった方だ。もうお一人は、タンパク質相互作用の大規模解析で知られるカリスマ的な研究者である。

 サイエンスの現場で使われる思考法は論理的思考(ロジカルシンキング)をベースにする。生物学で主に使われる思考は言語的論理思考であり、多くの生物学者はその枠で思考を回している。一方で、今回のセミナーを聞いて感じたことは、生物学に数学的論理思考を持ち込む余地が現在どんどんと拡張してきているということである。数理生物学や生物物理といった、生物学の中でもやや特殊な(といったら怒られそうだが)分野では、数学的論理思考が古くから用いられてきた。しかし、近年コンピューターが高機能化し、システムズバイオロジーのフィールドがどんどん身近になってきたことから、これからの生物学者には数学的論理思考を行う能力が間違いなく求められてくるようになるだろう。また新しいコンセプトは数学的論理思考からその多くが生まれてくるようになるだろう。両方をすでに使いこなしている前者の彼は、そのレベルの高さもあいまって、大変強力な「思考力」を備えた研究者だと思う。

 しかし、ロジックはロジックである。ロジックの「むこうがわ」があると思う。言語化が難しい「思い」や「アイデア」の類である。先日読んだある本では、筆者が「文章では自分の考えを述べ尽くすことは難しい」と書いていた。

 私個人は、例えば絵の感想など描写的な文章は別として、このブログのような論理的思考の産物では、言いたいことを書ききれていないというフラストレーションに苛まれることはあまりない。しかしこれは、ある意味とても危険なことかもしれない。言語化できる範囲でのみ、思考が回っていることになるからだ。論理的思考のツールとしての言語は、必要不可欠な要素ではあるものの、思考を「論理的思考」という枠に制限する危険性もはらんでいる。酒席において、先生のお一人に指摘されたのはそういうことである。ロジックの域を超えきれずにいる。

 論理的思考は、右から左、もしくは前から後ろというように、順序立てて行う思考である。しかしその「むこうがわ」にあるものは、直感とか発想とかひらめきとかいった類のもの(こうやって言葉を当てはめることが危険なのだが)である。この間にはとても大きな谷があるように感じる。どうやって超えようか。

 面白かったのは、クリエイティブな思考は夜のほうが向いているということについて、意見が一致したことだ。先生のお一人は完全な夜型だし、もうお一人は寝ながら考え事をするということをおっしゃっていた。まさに古代中国で言われていたように「馬上、枕上、厠上」が最適な発想の場なのだ。

 しかしそのためには、「皮膚感覚に刷り込まれるまで徹底的に考え込む」ことが必要とおっしゃっていた。それがベースにあって、あるとき、アイデアが「湧きあがってくる」のだそうだ。準備があってこそ「むこうがわ」に辿り着けるということだろう。

 「むこうがわ」からアイデアをロジックに落とし込める人こそが、真の「科学者」だと思う。まずは、ひたすら考えることから始めたい。

2008年2月8日金曜日

臓器を作るの最先端


 京都大学の山中伸弥教授らが作製したiPS細胞の話題が世に広まり、再生医療というものがぐっと身近になってきた感があるが、そうはいっても細胞を撒きさえすれば臓器ができるかというとそんなことはない。それぞれの臓器は無数の細胞が規則正しく集まって特徴的な組織構築を形成しており、さまざまな役割を担った細胞が極めて整然と並んでいる。

 どうやって(人工的に)組織を作製するか、ということを研究する分野はtissue engineering(組織工学)と呼ばれており、組織を形成する細胞がきちんとあるべき姿に並ぶよう、人工的に細胞外基質の「籠」を作製しその上に細胞を撒いて並ばせるというようなことが試みられている。私はこの分野には門外漢であるが、聞くだけでも難しそうな話である。人工合成された化合物はそもそも生体にとって異物であり、細胞は生着しにくい。生体材料を使うというのが一つの解決策である。いずれにしても、例えば心臓や肺、肝臓のような大きな臓器をどうやって作るか?顕微鏡レベルでようやく見える緻密な組織構築を、どうやって人間の手で組み立てるか?

 そんな感じで「タイヘンそうだなー」ぐらいに構えていた私は、Nature Medicine2月号に掲載されたある論文をみてひっくり返った。なんと、死んだ個体から取り出した心臓を界面活性剤などで処理し、細胞成分をすべて除去して細胞外基質の「籠」を作り、その上に培養細胞を撒いて心臓を「作り直」してしまったのだ。私は知らなかったのだが、decellularizationといって以前から存在したテクニックらしい。論文の著者らは改良を加えた方法で、死体心の細胞成分を完全に取り除くことに成功した。とのこと。

 その手があったかー!目からウロコな論文はしばしば目にするが、久々に「頭にトンカチ」レベルの論文を見つけた。

 ラットの死体心を利用して作り直した心臓は、拍出量としてはラット成体の心臓の2%程度と、機能としてはかなり見劣りするが、何より「作るのが難しけりゃ生き物が作ったものを再利用すればえぇ」という、コロンブスの卵的な発想の転換に私は感激したのだった。

 この感動を誰かに伝えねばと、近くにいたラボのテクニシャン(実験補助員)に話を振ってみると、「いや~んきもちわる~い」だそうだ。まあ、それが普通の感覚なんでしょうな・・・。

参考文献・WEBサイト
九州大学高度先端医療開発センター http://www.camit.org/japanese/studies_01a.html
Nature Medicine vol.14, No.2: p213-, 2008 Feb.

●本文章中に掲載される内容には万全を期しておりますが、その内容及び情報の正確性、完全性、適時性について、筆者本人は保証を行なっておらず、また、いかなる責任を持つものでもありません。

2008年2月7日木曜日

朝型生活のススメ

最近、朝型に変えてみた。

生活時間の話である。研究者というと、一日中寝食忘れて実験に没頭したり、本に頭を突っ込んでいたりという人種を想像する向きも多いと思うが(実際そういう研究者もいると思うが)、いかにして自分の生産性を高く保つか、ということは他の業種と変わることなくとても大事なポイントである。実験研究者となれば、積み上がった実験をできる限りのスピードでこなすことが要求される。いわゆる「土方仕事」さながらである。

実験とは仮説を検証する過程であり、仮説というのは往々にして10個に1個も当たらないので、「当り」を引くまで、とにかくいろんな仮説を検証することになる。当然、膨大な実験量をこなすことになり、そのほとんどはネガティブデータとなるわけであるが、「当り」を引くためには避けて通れない。当りを引いたら引いたで、今度は様々な角度から様々な方法で検討を加え、「本当らしい」ことを何が何でも示さないといけない。とにかく、自分の生産性にムラがあるようでは、コンスタントに実験量をこなすことができないのである。しょっちゅう故障する機械が置いてある工場のようになってしまう。常に最大の生産性を目指す必要がある。そして、人間が最も生産性の高い状態を維持し続けるためには、規則正しい生活パターンを身に着けて実行するのが最良と判断したのである。

しかしそんなことはずっと前から分かっていた。研究の現場に身を投じてからもうすぐ丸6年になるが、これまで何度となく「朝型生活」を目指してトライしたものの、三日坊主が続くばかりだった。「朝早く起きる方法」「朝型でライバルに差をつける!」といった類の本は沢山出ているので、そういうのを買ってきていろいろ試したがやっぱり続かなかった。

何で今回に限ってこんなにすんなり朝型に変えられたのか?きっかけは、最近本で見つけた次のような言葉である。「良い行動パターンは習慣化することで自分のものとなる。習慣化のためには、強い動機付けと規律が必要である」「自己実現のためには、自分が守るべき規律を作って、例外なくそれに従うことが大事である」大まかにこういう内容である。要するに、習慣化させるぞという意思と、それを保つためのバックグラウンドが無かったのだ。

で、そのために必要な「動機付け」、今回こちらも良いタイミングで得ることができた。一週間を168時間とみなす、という某ビジネス書のタイトルである。これを元にこれまでの生活時間を算出してみると、かなり危機的な数字が出てきた。週のうち、2日半ぐらいを睡眠に使う一方で、研究に当てる時間
(ラボにいる時間)が週の半分もないのである。週の半分というと84時間である。世の中には平気で一日17時間くらいラボにいるような人もいるそうだし、週100時間以上仕事している人も沢山入るので、週の半分でもかなり恥ずかしい数字である。やはり危機感というのは、モチベーションとして最も有効な類らしい。

日曜日に少し休息をとって、生活費の足しに行っている週一アルバイトもあるので、いろいろ計算した結果、平日に最低14時間はラボにいないと達成できない数字であることが分かった。14時間くらいはそんなに大した時間でもないはずなのだが、かなり規則正しい、無駄を極力省いたスケジュールで動かないとこれがなかなか難しい。

そういうわけで、朝7時半~8時前(今まではどんなに早くても9時~10時)から夜10時前まで仕事をし、12時前に寝るようなスケジュールにした。睡眠時間を抑え、睡眠の質を上げるためには早寝早起きが一番(例外なヒトも沢山知っているけど)である。この「寝る時間」をコントロールできないと朝起きれないので重要なポイントである。思えばこれまでの挫折では、「起きる時間」ばかりに意識が向いていた気がする。生活というのは「環」であるなあと実感。

そろそろ3週目に突入するが、仕事の効率が大幅に上がった気がする。あとはどこまで続けられるか、そしてあと30分くらいは仕事時間を延長できないか、というところで今いろいろと模索している。一日30分稼ぐと、週当たり3時間半も違うのだ!簡単な実験がもうひとつこなせる時間である。

しかし、実感として、この30分は大きな壁だ。結局は睡眠時間に影響が・・・。