2008年3月15日土曜日

ビジネス書をサイエンスの現場に生かす

 私が好きな本のジャンルの一つがビジネス書である。書店に行くと、昔はマンガコーナーに直行していたものだが、最近はビジネス書コーナーの物色が大好きになってしまった。ビジネスでもサイエンスでも、それを実行する主体は「人間」であり、人間がその能力を高める上で、また精神的な支えを得る上で、共通する部分はとても多い。というか、ほとんど同一だ。数年前そのことに気付き、それ以後、ベストセラーになったビジネス書や、「THE21」「プレジデント」などのビジネス雑誌を片っ端から読み漁るようになった。

 科学者にとって重要な要素の一つは何か。ある高名な研究者の先生にお会いする機会があった際、長年の経験から「高いモチベーションを維持し続けること」との回答をいただいた。お気付きのとおり、科学者に限らずどのような職業についても、何か大きなことを成し遂げるにはとても大事な要素である。いわゆる「自己啓発」関連の本には、このモチベーションを喚起してくれる良書が少なくない。私のイチ押しは、大前研一氏の「ザ・プロフェッショナル」である。高い問題解決力と実行力を読者に要求するこの本は、読み返すたびに「危機感」と「やる気」を思い起こさせてくれる。

 以前にも書いた(08/2/7の日記参照)通り、研究者が自己の生産性を極限まで向上させることは、多くの仮説を検証するために極めて大事なことである。その意味で、タイムマネジメントや仕事の効率化について書かれた本も、自分の研究者としての能力を大きく引き伸ばしてくれたと感じている。特に参考にさせてもらったのが、ケリー・グリーソン著「なぜか、『仕事がうまくいく人』の習慣」である。時間の使い方、スケジュールの立て方はもちろん、「すぐにやる」ことが効率化の最大のポイントであることを強調するこの本を読んだときには、「こういうことをしている人は駄目」といって描かれた人物像の多くに自分が当てはまることに気付かされ、結構落ち込んだ。次の日から書籍の内容を早速実行に移し、実際に仕事をかなり効率化することができた。700円程度の本でこれだけの成果が得られればこんなにありがたいことはない。効率化といえば、ある研究者の先生は、「カイゼン」で知られるトヨタの工場に見学に行って自分の仕事に生かしているとおっしゃっていた。とてもうらやましい話で、自分もボスに「うちのラボでもぜひ見学ツアーを組みましょう!」とそのうち提案してみようかと思案している(が、きっかけがなかなか・・・)。

 論理的思考力は科学の現場で必要とされる最も重要なスキルの一つであるが、この「お家芸」ですら、ビジネス書を紐解けば体系化されて解説してあるから、こちらも立つ瀬がない。先に紹介した大前氏や、最近新聞や雑誌などでよく名前をお見かけする勝間和代氏の著書には、彼らがかつて所属した有名コンサルタント会社で使われている論理的思考方法の片鱗がよく紹介されている。「フレームワーク思考」や「MECE」、「ピラミッドストラクチャー」等の考え方などを知ったときには、いかに自分がこれまで「漠然とした論理的思考」を行っていたかに愕然とした。感心したのは、うちの教授がラボミーティングなどで意見を述べたりツッコミを入れたりするときには、知ってか知らずか、この手の手法をフルに活用しているのである。さすがというべきだろうが、こちらもうかうかしてはいられない。ちなみに、今、目をつけているのは、細谷功氏の「地頭力を鍛える」である。近いうちに購入予定。

 お家芸といえば、恥も外聞もなく大いに参考にさせてもらっているのが「勉強法」の書籍である。知識や最新情報をインプットすることは研究者の仕事のかなりの部分を占めるが、その量の膨大さといったら、当然ではあるが天井知らずだ。最近では本田直之氏の「レバレッジ」シリーズや、茂木健一郎氏「脳を生かす勉強法」などで、「なるほど!」と思わせる部分が多く、毎日の仕事に大変役立っている。また心構えとして、私の座右の銘にさせてもらっているのが、先に紹介した大前氏が「THE21」(2005年9月号)のインタビューで述べていた次の言葉である。
――「本業以外に毎年ひとつテーマを決めて、それを集中的に勉強することを、私は三十代より欠かさず実行してきた。ただ、勉強といっても私のそれは、おそらく読者の皆さんの想像の域をはるかに超えていると思う。なぜなら、『その分野で専門家を凌ぐ本が書けるようになるレベルに到達する』というのが、私のいう勉強だからだ。」

 研究者というと、研究室に閉じこもって黙々と本を読んだり実験に没頭したりというイメージをお持ちの方も多いと思うが、コミュニケーション力や指導力など人間関係に関わる部分も、実際は研究者稼業にとって相当大事な能力である。この手の書籍も数多く出ており、参考にさせてもらっていることが多い。石井裕之氏の「コールドリーディング」などのように、心理学を絡めて解説してある書籍は、一応(失礼!)理屈があって実践的なものが多いと感じている。

 すべての書籍を列記することは難しいが、本当にさまざまな点でビジネス書というジャンルは研究現場の参考になることが多い。惜しむらくは、周りの人間に理解者が少ないことである。学生さんなどにも機会があるごとに薦めてはいるのだけれども。



<私のオススメを下に並べてみました。ご興味のある方はぜひ!>

(雑誌)THE 21
http://www.amazon.co.jp/21-%E3%81%96%E3%83%BB%E3%81%AB%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%A1-2008%E5%B9%B4-04%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B00149C0WW/ref=sr_1_10?ie=UTF8&s=books&qid=1205543825&sr=1-10

大前研一:ザ・プロフェッショナル

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB-%E5%A4%A7%E5%89%8D-%E7%A0%94%E4%B8%80/dp/4478375011/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1205543532&sr=1-1



勝間和代:効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法http://www.amazon.co.jp/%E5%8A%B9%E7%8E%87%E3%81%8C10%E5%80%8D%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B0%E3%83%BB%E7%9F%A5%E7%9A%84%E7%94%9F%E7%94%A3%E8%A1%93%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%82%92%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%AB%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95-%E5%8B%9D%E9%96%93-%E5%92%8C%E4%BB%A3/dp/4478002037/ref=sr_1_4?ie=UTF8&s=books&qid=1205543627&sr=1-4

茂木健一郎:脳を活かす勉強法
http://www.amazon.co.jp/%E8%84%B3%E3%82%92%E6%B4%BB%E3%81%8B%E3%81%99%E5%8B%89%E5%BC%B7%E6%B3%95-%E8%8C%82%E6%9C%A8-%E5%81%A5%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4569696791/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1205543742&sr=1-1

ケリー・グリーソン: なぜか、「仕事がうまくいく人」の習慣
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%8B%E3%80%81%E3%80%8C%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%81%8C%E3%81%86%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%81%84%E3%81%8F%E4%BA%BA%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%BF%92%E6%85%A3-PHP%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3/dp/4569579396/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1205544339&sr=1-1


本田直之:レバレッジ・シンキング 無限大の成果を生み出す4つの自己投資術
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0-%E7%84%A1%E9%99%90%E5%A4%A7%E3%81%AE%E6%88%90%E6%9E%9C%E3%82%92%E7%94%9F%E3%81%BF%E5%87%BA%E3%81%994%E3%81%A4%E3%81%AE%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%8A%95%E8%B3%87%E8%A1%93-%E6%9C%AC%E7%94%B0-%E7%9B%B4%E4%B9%8B/dp/4492042806/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1205544444&sr=1-1

2008年3月13日木曜日

もっと,光を!

 現在の生命科学において、なくてはならないツールとして活用されているものが、蛍光物質や蛍光タンパク質を用いたイメージング技術である。タンパク質やカルシウムなどの小分子の挙動・濃度変化などをモニターし、リアルタイムで観察することが可能になっている。

 最近特に発展著しいのがin vivoイメージングである。in vivoとは”生体内の”という意味の言葉(反対はin vitro、”試験管内の”の意味)であり、in vivoイメージングとは文字通り、「生体内でイメージング技術を用いて解析を行う」ことである。最近発表された2つの論文は、技術的にも知見としても最先端を走るものであり、大変興味深かった。

 1つめは、Hyman T. Bradley博士らがNature誌に発表した論文で、アルツハイマー病のプラーク形成過程を2光子顕微鏡を用いてリアルタイム(経時的にある対象を観察してデータを取得すること)で観察したという、個人的には「どビックリ」な論文である。アルツハイマー病などの神経変性疾患では、プラークというタンパク質の凝集物を主な成分とする凝集体が形成されていることが知られている。問題となっていたのは、これが「原因」なのか、「結果」なのかというところである。つまり、凝集体によって神経の変性が励起されたのか、神経が変性したから凝集物ができたのか、というところが議論の的となっていた。

 Bradley博士らは、2光子顕微鏡という、生体の深部(といっても1mm弱の深さであるが、透明でない物体をこれだけの深部まで観察できるというのは大変なことである)を観察できる特殊な顕微鏡を用いて、プラークの形成をリアルタイムで観察した。その結果、プラークの形成は2日程度という短期間で起こり、引き続いてミクログリアの集積、神経軸索の変化が生じるという過程を明らかにした。このように病態の進行を経時的観察することで、因果関係が明らかでなかった現象に確かな証拠を与えることが可能となってきている。

 この論文だけではなく、2光子顕微鏡技術はいまや神経科学の世界においてはなくてはならないツールとなっている。ある神経細胞の活動をin vivoでリアルタイム観察したり、上記の例のように組織内の変化を観察することが可能なため、これまで組織培養など人工的な方法に頼ってきた解析に大きなパラダイムシフトを与えている。今後は神経のみならず、さまざまな領域での応用が進むと考えている。

 もう1つの論文は、日本が誇る蛍光タンパク質研究の雄、理化学研究所の宮脇敦史博士らの成果である。彼らはサンゴやクラゲなどから数多くの蛍光タンパク質を同定し、蛍光タンパク質の研究ツールとしての可能性を飛躍的に発展させた。その技術を駆使して構築したのが、Cell誌に発表された細胞周期の「色分け」である。彼らは細胞周期依存的に分解制御を受ける2つのタンパク質(Cdt1とGeminin)に蛍光タンパク質を結合させ、G1期(細胞周期が止まっているか、または始めようとしている時期)及びS~M期(細胞分裂を行う準備期~細胞分裂期)をそれぞれ赤・緑の蛍光で色分けすることに成功、発生中のマウス個体での観察などに応用できるという。実際にマウスの写真が掲載されていたが、赤と緑が入り混じる写真は非常に美しく、整然と発生プログラムが進行していくさまを髣髴とさせた。

 蛍光タンパク質を用いた技術としては、FRETやBiFCなど、タンパク質間相互作用を検出するための方法や、上述の例のように“Tagging”する目的で使用される方法などがある。種類としても、色の変化や蛍光のon/offをコントロールできるものなど多くの有用な蛍光タンパク質がツール化されている。今後もさまざまな応用例が考えられ、生命科学における極めて重要なツールとして発展していくと思われる。常にup to dateな情報をフォローしていく必要があると考えている。


<参考>
http://ja.wikipedia.org/wiki/2%E5%85%89%E5%AD%90%E5%8A%B1%E8%B5%B7%E9%A1%95%E5%BE%AE%E9%8F%A1
(2光子顕微鏡の解説・少し専門的)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E5%91%A8%E6%9C%9F
(細胞周期の概説)
http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~tlong/Japanese/probes/PeT_FRET/FRET.html
(FRETについて)

<参考文献>
Meyer-Luehmann, M., et al. Nature vol.451: 720-, 2008
Kerr, J. and Denk, W. Nature Review Neuroscience vol.9: 195-, 2008
Sakaue-Sawano, A. et al. Cell vol.132: 487-, 2008

●本文章中に掲載される内容には万全を期しておりますが、その内容及び情報の正確性、完全性、適時性について、著者本人は保証を行なっておらず、また、いかなる責任を持つものでもありません。転載に当たってはご自身で原著を確認されることをお勧めします。

2008年3月6日木曜日

“君はアッチ”+“僕はソコ”=

 コンピュータの高機能化に伴い、近年の生物学の潮流として、大規模なデータを扱った解析が主流の一つとなってきている。最近発表された2つの論文は、その流れの中でも「データの統合」を主な手法として解析を試みた点で興味深い。

 1つめは、Andrej Sali博士らのグループによる核膜孔複合体の立体構造決定である。細胞内は核膜によって核と細胞質に仕分けられており、核膜孔複合体は核膜の「穴」にはまり込む、土管のような形の巨大タンパク質複合体である。核膜孔複合体は、選択的に核内タンパク質を輸送したり、細胞分裂後に核膜が再構築される際のプラットフォームとして機能している。しかしその巨大さ、構成するタンパク質の数の多さ(酵母では約30種類、合計500-1000個のタンパク質で構成)、膜に埋もれる構造であることなどから、その正確な形を知ることはこれまでの方法論では困難であった。

 そこでSali博士らは、古典的な構造決定手法ではなく、様々なデータを統合して構造を「シミュレート」することを試みた。電子顕微鏡による大まかな形と各タンパク質の位置の決定、各タンパク質の大きさの決定、タンパク-タンパク間結合の決定、構造情報など多彩なデータを組み合わせ、それらの膨大なデータを統合して、複合体の「こうなっているだろう」という形を見事に描き出した。インタビューの中で、Sali博士らは「9年ほど費やした」と語っており、相当な信念と、強固なビジョンの中で生み出された仕事であることをうかがわせる。実際これほどの仕事を成し遂げれば、科学者冥利に尽きることだろう。

 もう一つは、遺伝子ネットワークに関する解析である。Edward M. Marcotte博士らのグループは、モデル生物として頻繁に使われる生物の一つ、C.elegans(線虫)の個体レベルでの遺伝子ネットワークをコンピュータ上で再構築し、ネットワークの機能やコンポーネントを「予測」することを試みた。彼らは、マイクロアレイ、相互作用、他生物のortholog解析、などなど、総数2000万に及ぶデータを統合し、線虫個体における「predictiveな」遺伝子ネットワークを作成、各遺伝子をコンピュータ上で「ノックダウン(遺伝子の発現レベルを人為的に非常に低いレベルまで落とすこと)」して、実際の線虫でその遺伝子をノックダウンしたときの表現型と比較することで、ネットワークがどれくらい実際の個体を「再現」しているかを検討した。

 これらのアプローチに共通することは、複数の手法やデータセットを用いて相互に補完させることで全体像を描き出すということだ。これまで人間の頭で「なんとなく」やっていたことを、計算機を用いることで極めてsolidな結果として提示することが可能になっている。

 生物学の世界における計算機科学の重要性が益々大きくなってきている現状を端的に表す論文として、これら2つの論文を興味深く読ませてもらった。同時に、自分自身がこのような流れに取り残されないよう、またどのようなアプリケーションが今後可能になっていくかを念頭に置きながら、本格的に計算機科学の勉強を始めようとしている。


参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E8%86%9C%E5%AD%94
(核膜孔についての解説:日本語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_pore
(核膜孔についての解説:英語ですが核膜孔複合体の図があります)
http://ja.wikipedia.org/wiki/C._elegans
(モデル生物としての線虫について)

参考文献
Alber, F., et al. Nature vol. 450: p683-, 2007
Lee, I., et al. Nature Genetics vol.40: p181-, 2008
Research highlight , Nature Method vol.5: p217

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