2008年3月6日木曜日

“君はアッチ”+“僕はソコ”=

 コンピュータの高機能化に伴い、近年の生物学の潮流として、大規模なデータを扱った解析が主流の一つとなってきている。最近発表された2つの論文は、その流れの中でも「データの統合」を主な手法として解析を試みた点で興味深い。

 1つめは、Andrej Sali博士らのグループによる核膜孔複合体の立体構造決定である。細胞内は核膜によって核と細胞質に仕分けられており、核膜孔複合体は核膜の「穴」にはまり込む、土管のような形の巨大タンパク質複合体である。核膜孔複合体は、選択的に核内タンパク質を輸送したり、細胞分裂後に核膜が再構築される際のプラットフォームとして機能している。しかしその巨大さ、構成するタンパク質の数の多さ(酵母では約30種類、合計500-1000個のタンパク質で構成)、膜に埋もれる構造であることなどから、その正確な形を知ることはこれまでの方法論では困難であった。

 そこでSali博士らは、古典的な構造決定手法ではなく、様々なデータを統合して構造を「シミュレート」することを試みた。電子顕微鏡による大まかな形と各タンパク質の位置の決定、各タンパク質の大きさの決定、タンパク-タンパク間結合の決定、構造情報など多彩なデータを組み合わせ、それらの膨大なデータを統合して、複合体の「こうなっているだろう」という形を見事に描き出した。インタビューの中で、Sali博士らは「9年ほど費やした」と語っており、相当な信念と、強固なビジョンの中で生み出された仕事であることをうかがわせる。実際これほどの仕事を成し遂げれば、科学者冥利に尽きることだろう。

 もう一つは、遺伝子ネットワークに関する解析である。Edward M. Marcotte博士らのグループは、モデル生物として頻繁に使われる生物の一つ、C.elegans(線虫)の個体レベルでの遺伝子ネットワークをコンピュータ上で再構築し、ネットワークの機能やコンポーネントを「予測」することを試みた。彼らは、マイクロアレイ、相互作用、他生物のortholog解析、などなど、総数2000万に及ぶデータを統合し、線虫個体における「predictiveな」遺伝子ネットワークを作成、各遺伝子をコンピュータ上で「ノックダウン(遺伝子の発現レベルを人為的に非常に低いレベルまで落とすこと)」して、実際の線虫でその遺伝子をノックダウンしたときの表現型と比較することで、ネットワークがどれくらい実際の個体を「再現」しているかを検討した。

 これらのアプローチに共通することは、複数の手法やデータセットを用いて相互に補完させることで全体像を描き出すということだ。これまで人間の頭で「なんとなく」やっていたことを、計算機を用いることで極めてsolidな結果として提示することが可能になっている。

 生物学の世界における計算機科学の重要性が益々大きくなってきている現状を端的に表す論文として、これら2つの論文を興味深く読ませてもらった。同時に、自分自身がこのような流れに取り残されないよう、またどのようなアプリケーションが今後可能になっていくかを念頭に置きながら、本格的に計算機科学の勉強を始めようとしている。


参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E8%86%9C%E5%AD%94
(核膜孔についての解説:日本語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_pore
(核膜孔についての解説:英語ですが核膜孔複合体の図があります)
http://ja.wikipedia.org/wiki/C._elegans
(モデル生物としての線虫について)

参考文献
Alber, F., et al. Nature vol. 450: p683-, 2007
Lee, I., et al. Nature Genetics vol.40: p181-, 2008
Research highlight , Nature Method vol.5: p217

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